極北日記 Make Oneself Life.

ある日入り込んでしまった人生の極北トンネル。その出口を見つけるまで。

0005 人は育てられたようにしか育てられない

住宅ローンの月々の返済額とアパートの家賃がさほど変わらないからと言って、軽い気持ちで購入したマイホーム。買うだけ買って、後のことは一切私任せ。家のことも、町内のことも、最悪なことに子どものことまでも。

子どもが小さいうちは、自分の休みと子どもの休みが合えば一緒にどこかに出かけたり、家でゲームしたりして「パパとの思い出作り」をすることはできただろう。でも小学生にもなるとそうはいかない。宿題だってある、PTAのことだってある、部活動だってある。自分がそんな風に育ってきたからって、子どもにもそうするのが当たり前という感覚はおかしいから。そもそも時代も違うし。「協力」以前に、興味ぐらいもってよ。

「ねぇ、家族のことなんだと思ってるの?結局こうやって私が壊れるときの理由はいつも一緒、家事と育児と仕事の両立ができなくて限界になったとき。それでも、できないなりに私が頑張って変われば、なんとかなるって思ってた。でも、また同じだった。もう、そろそろクーさんが変わってくれなきゃ、いつまでたっても変わらないよ。どうしても嫌なものは嫌なの?」

「嫌だね」

「おうち建てるとき、言ったよね。クーさんの給料じゃやっていく自信ない、共働きなんてできる器の人間じゃないから私、って」

「言ったねぇ」

「私が、クーさんの給料を超えたら、クーさん主夫になるか、転職するかって話、覚えてる?」

「覚えてるよ」

「じゃ、超えたとき、なんでなんなかったの?転職は?しようと思った?」

「思ったよ」

「探したの?」

「探したよ」

「なんで変えないの?」

「ないから」


あと、いろんなことを話したけれど、もう頭がテンパって覚えてない。何を言っても「考えてない」「知らない」「わかんない」の連発。しまいに「話しかけないで」と言われた。

「私と会話するのが嫌なの?」

「嫌だ」

「わかった、クーさんが変わらないなら、明日から実家に行くから。プーさんのためにも、私のためにも。私のことはどうでもいいから、自分が父親らしくなるって、家族のことを考えてるって、なってくれるまで帰ってこないから。」


そういって、実家へしばらく厄介になることにした。
何年ぶりの実家だろう。スープの覚めない距離にいるから改まって帰省するのも変だと思って、俗にいう里帰りはしてこなかった。お産の後も、荷物を運ぶのが面倒だからと、母が通ってくれた。十数年ぶりに実家へ戻るという感覚は、子どもに返る気持ちになれるはずなのに、なぜか「修行」に行くイメージしか浮かばない。


人は、育ててもらったようにしか子どもを育てることが、できないのだろうか。
私は信じたい。反面教師という反骨精神を。

自分が、変わろうと思えば、変われないことはない、そう思いたい。




20070902SUN