極北日記 Make Oneself Life.

ある日入り込んでしまった人生の極北トンネル。その出口を見つけるまで。

0004 後悔先に立たず

私の病気を治すのと、息子の部活環境を整えるのと、普通の家庭生活を送るのと、小学生のうちに生活習慣を整えたいのと、それらを家族3人だけの生活でクリアするは無理だと判断した。

昨日、息子のぷーさんに聞いてみた。

「ママの病気が治るまで、部活の自主トレのしやすいジージとバーバの家に住まわせてもらおうと思うけど、どう?」

「イイヨ」

息子は、嫌な表情ひとつ見せず答えた。

「今までさ、パパってPTAとか部活の父兄会とか来なかったでしょ?聞いてみたら、“休んでまでも行かなきゃいけないものなの?”だって」

「行かなきゃダメじゃん」

授業参観はともかく、部活の父兄会に父親が来ないことに少し負い目は感じていたようだ。


そして本日、とうとう夫に聞いてみた。

「私のためにも、ぷーさんのためにも、実家で同居するのはイヤなの?」すると、答えは二つ返事で「イヤ」だった。「ぷーさんのためでも?」と聞いたところで、答えは変わるわけがなかった。

PTAも町内会も何もかもイヤで、イヤならやらなくていいのかよ。私だってイヤだよ、行かなきゃいけないから行ってるんだよ。

「私は、お義姉さんのお産の時、実家でもないココで産後の肥立ちを過ごさせるの、イヤだったけど我慢したよ」

「それは、一時のことでしょ」

「お義母さんの時だって、イヤだったけど頑張ったよ」

「結局ダメだったじゃん」

「あの頃もう、私不眠でウツっぽっくなってたの知ってたよね?」

「覚えてない」


絶句だ。お義母さんがアパート借りる借りないの話をしたとき、IT系の仕事してるとウツになるだなんて、かなりの偏見発言を言われた時、一緒にいたじゃん。


「結婚するとき、長男長女だから、どっちの親とも暮らさないって言ったよね」

「覚えてない」


飽きれる。結婚のカタチなんて気にしないけど苗字が変わるのは嫌だなぁとか言って、結納もせず、式も挙げず、家とか親が結婚するんじゃない俺たちが結婚するんだぁ的なことまで言ったくせに。結局、お義母さんの定年後に戻ってくる家がないなぁ的な発言して、お義母さんもお義母さんで一緒に住むんやからローンの支援出したるわってウキウキと送金してきて、そのあと不景気になったらなったで相談も断りもなく勝手に送金止めて。ボーナスカットになった時にお願いできないか確かめてもらおうとしたら「不景気で大変なんだろ?」って聞いてもくれず、うちも不景気で大変なんですけど、マザコンか?おまえは、マザコンか?冬彦かっ!


「オレのことも部活のことも、無関心な父ちゃんならいらないって、ぷーさん言ってたよ」

「なら、離婚届でもなんでも持ってくりゃいいじゃん」

「離婚届にサインして判押して持ってきたら、役所に提出してくれるの?」

「さー?」


はっ?もってこいやーって言っといて、出してこいやーと言えば、「さー」なのか?アホなの?殿様なの?バカ殿なの?っつか、ぷーさんが言ってるって言ってんのに、なんで離婚届持ってこいになるの?はなから親権争う気ないの?そこがもう「子どもに無関心」ってことなんじゃないの?なんなの?なんで私こんな人と結婚したの?あの時やっぱりやめときゃよかったんじゃないのー?




20070902SUN